第三の人生
ガタンガタン。
三両編成の電車が音を立てて走る。
三両とも満員でぎゅうぎゅう詰めだ。
そんな中、一人の男が他の人とは違うことで困っていた。
菅原樹、三十八歳のサラリーマンだ。
彼がなぜ困っているかと言うと、彼は今痴漢に遭っているからである。
三十八歳のしかも男の尻を触っているのである。
(なんで?)
樹は心の底から不思議に思った。
女と間違えているのだろうかと思ったが、男である樹のお尻は女の子のものと比べて硬い。
逆セクハラで女の人が触っているのかとも思ったが、触れる手は大きく骨ばっているようにも感じた。
どっちにしろ樹に叫ぶ勇気はなかった。
男のしかもこんな年のおじさんが痴漢に遭ってるなんて社会的にも自分のプライド的にも知られたくなかった。
そんなことを考えてる間にも痴漢の手は樹のお知りを上から下へと執拗に触ってくる。
尻の割れ目をスーツの上からなぞられたとき思わず声が出そうになった。
しかし樹は吊革を握っていない方の手で持っているかばんで声を抑えて耐えた。
『南郷町ー。南郷町ー。』
電車が止まり、車掌さんの独特の声が車両内に響いた。
それと同時に痴漢の手は樹のお尻から離れていった。
そして後ろにあった気配が消える。
犯人の顔を見てやろうと慌てて振り向いた。
振り向いた先にあったのは見慣れた制服を着た男子学生の後姿だった。
離婚した妻の元に引き取られた息子の通っている高校の制服だったのだ。
(男子高校生がオヤジのケツ触って何が楽しんだ?)
相手が”子供”だったからだろうか?
さっきとは違い、妙に冷静になってそんなことを思っていた。
「はぁー・・・。」
樹は会社で痴漢のことを考えて溜め息を吐いた。
(子供があんなことをするなんて嫌な社会になったなぁ・・・。子供の起こす事件も増えたし世の中が乱れている。)
などという憂いの溜め息である。
「樹さん、どうしたんですか?」
「久美子ちゃん。」
久美子とは樹の勤務している会社に今年入ってきた女の子である。
樹に懐いていて良く話しかけてきてくれる。
「いや、なんでもないよ。今朝変なことがあってね・・・。」
「私に言えないことですか?」
久美子は心配そうに樹の顔を覗いた。
「うん。ちょっとね。」
親しみを持ってくれている久美子には悪い気がしたが、さすがにこんなことを久美子に話せなかった。
樹は笑顔を見せると、仕事に戻るよう久美子を促した。
今朝のことは若気の至りか何かだとして忘れることにした。
忘れるために仕事に没頭しようと頭を切り替えた。
いつにもないくらい仕事に集中した樹はついでにと残業をし、家に帰ったのは夜中の十二時を過ぎていた。
「ただいまー。」
明かりの点いてない誰もいない部屋に向かって言った。
子供からの習慣である。
当然ながら返事は返ってこない。
いつものことなのですぐにリビングに行くと電気を点けた。
ソファに勢いよく座りネクタイを緩めて、テーブルに手紙が置いてあるのに気がついた。
”父さんへ 帰ってくるまで待っていようと思ったけど母さんが心配するから帰るね。”
樹の息子の歩からの手紙だった。
歩の母と別れたのは今から約10年前のことだった。
原因は些細な喧嘩だったような気がする。
はっきりとは覚えていないが、それで夫婦の仲はぎすぎすし始めた。
そのうちとうとう歩の母親が樹に愛想を尽かして家を出て行ったのだ。
もちろん歩を連れて。
しかし歩は離れた後も時々遊びに来てくれた。
今も慕ってくれていてよく遊びに来る。
合鍵も持っていて偶にこういう風に置手紙をしていってくれた。
いい息子を持ったなぁとその手紙を見るたびに思うのだった。
読み終えると書斎の机の引き出しにそっと入れた。
10年分くらいの歩からの手紙が入っている。
宝物の一つだった。
引き出しを閉め、お風呂に入るために背広を脱いだ。
今朝起こったことはすっかり忘れていた。
お風呂に入っている間に明日のことを考える。
明日は歩が初めて友達を連れて家に来るのだ。
今までは歩の母親が許可しなかったらしいが、とうとう許可が下りたのだ。
歩がどんな友達を連れてくるか楽しみだった。
ふと、今朝のことを思い出し嫌な気分になる。
今朝樹に痴漢をしてきた奴は歩の通っている高校の生徒だった。
そんな奴が歩の友達だったらどうしようと思ったが、そうでないことを願いお風呂を上がった。
明日の予定をしっかり確認し、樹は眠ったのであった。
ピンポーン。
チャイムが家中に響いた。
樹は急いで玄関に向かった。
「いらっしゃい。」
玄関の覗き穴から歩であることを確認し、笑顔で迎えた。
そこには歩の他に友達が3人いた。
「さ、どうぞあがって。」
奥へと促すと歩の友達の一人が驚いた顔をしたが樹は気づかなかった。
「父さん。みんなの紹介するね。」
そう言って歩は紹介を始めた。
一番最初に紹介されたのは歩の横にいた同級生の東神楽智也。
次に紹介されたのはその隣にいた先輩の北見竜。
そして最後に紹介されたのは同じく先輩の嶋田桂だった。
みんなバスケ部なだけあって樹より頭一つ分は背が高かった。
みんなそれぞれ紹介された後に軽く挨拶をした。
「私は歩の父親の樹です。よろしく。」
にっこり笑ってそう言うとみんなもにこやかに笑い返した。
自己紹介も終え、早速皆で遊ぶことにした。
皆で持ち込んだゲームで遊んだりDVDを見たりと休む暇もなく遊んだ。
そうこうしているうちに外はすっかり暗くなっていた。
「皆そろそろ帰らないとな。明日朝練があって早いんだろ?」
皆返事よく帰って言った。
「また遊びに来いよ」と姿が見えなくなるまで見送った。
それから暫く経って、静かになった家で少し寂しさを感じていたときだった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが家の中に響いた。
玄関のドアを開けるとそこには歩の先輩の嶋田桂が立っていた。
「どうした、忘れ物か?」
そう尋ねると「あぁ・・・。」と曖昧に答えた。
そして樹の横を通り家の中に入ってきた。
「何を忘れたんだ?」
嶋田の後について、樹はそう尋ねた。
しかし、返事は返ってこず、代わりに指で”来い”と促された。
「どうしたんだ?」
言い終わると同時に腕を引っ張られソファの上に押し倒された。
「うぇ!?何をするんだ?」
動揺した樹は変な声を出してしまった。
「何ってナニをするんだよ。」
動揺している樹とは打って変わって嶋田は冷静だ。
むしろこの状況を喜び、楽しんでいるような顔をしている。
そして動揺し頭が真っ白になっている樹の唇に自分のそれを落とした。
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