いくつかのこと
ジメジメとした梅雨が過ぎ初夏の風が優しく頬を撫でる。
少し暑くなった今の季節にはちょうどいいくらいだ。
そんな涼しい風が吹いているとき彼は裏庭にいた。
吉永 楓(16)は身長188cmで高校一年生にしては背の高い方だ。
一般的より少し男らしい顔をしている。
今はフリーだが、彼女がいたこともある。
しかし大してもてるわけではなく、普通な人だった。
しかし今、楓の目の前にいる人物によって普通の人生を送るはずだった楓の人生は変えられようとしていた。
楓より頭一つ分小さい男だった。
男にしては可愛い顔をしている。
目が大きく黒目がちだ。
白い肌をしていて頬がピンク色に染まっている。
女だったらモテまくりであろうその男は目を伏せている。
睫毛が長くちょっとドキッとした。
「あの・・・僕と付き合ってください。」
より一層頬を染めて楓を見ると勢いよくそう言った。
それはまさしく告白だった。
「・・・え?」
予想もしていなかったことに二の句を告げられないでいる。
目の前にいる男は下を向いて返事を待っている。
「あの。俺女に見えるか?」
男はふるふると横に振った。
「吉永君が男だって言うのはわかってる。でも好きなの。」
少し泣きそうな声だった。
「・・・ごめん俺今誰とも付き合う気ないから。」
そもそも男と付き合うなんてことは考えたこともなかった楓はすぐに断った。
「どうしてですか?もしかして僕が男だからいけないんですか?」
男は目をウルウルさせて言った。
「違う!女でも誰とも付き合う気はない!」
楓は焦って宥めるようにそう言った。
「それじゃあその気があるなら僕と付き合ってくれますか?」
「うっ・・・。」
できると即答できないが、できないなんて言ったら泣かれそうだ。
男は期待したような顔をしている。
どう言ったらいいか困っていると徐々に男の顔は曇っていきまた泣きそうな顔になった。
「いや、でも嫌いってわけじゃないから・・・。」
はっきり嫌だと言えばいいのに女子供泣いてる奴に弱い楓は必死で言い訳をする。
「じゃあ、試しでもいいから僕と付き合ってくれる?」
端に涙を溜めた状態で上目遣いをされてまたドキッとした。
「あ・・・あの、でも。」
「付き合ってくれるんだよね?」
最後は強く言われ「はい」と言わざるを得なかった。
1年3組の教室を伺うように扉からひょっこり可愛い顔を覗かせた。
如月雪斗(16)。
身長174pのこの男はその可愛らしい容姿から学校内での人気者だった。
女子から可愛がられ、男子からも可愛がられている。
それほどそこらへんの女子よりも可愛かった。
その雪斗が教室を覗いているとことに気がついてざわめきが起こった。
「雪斗じゃん。このクラスに来るの珍しいな。どうしたの?」
近くにいた男子生徒が雪斗に話しかける。
雪斗は2組で隣のクラスだが滅多に3組に来ることはなかった。
「吉永君いる?」
「吉永?・・・あぁ、いるよ。おーい吉永!お客さん!」
呼ばれて声をした方を向いた楓は雪斗の姿を見ると複雑な顔をした。
みんなの前で無視する事もできず、しぶしぶといった感じで雪斗のもとにやってきた。
「おまえ雪斗と仲良かったっけ?」
クラスメイトにそう聞かれ「まぁな。」と曖昧に答えると元の場所に戻るように促した。
「で、用事は・・・?」
「今日一緒に帰ろ。」
にっこりと可愛らしい顔でそう言われた。
部活にも入ってないし、バイトも休みで特に断る理由がなく嘘もつけない楓は承諾するしかなかった。
「じゃ、放課後また迎えに来るから。」
そう言って雪斗は自分の教室に戻っていった。
その姿を見送ると自分の席に戻った。
すると何人かのクラスメートが近づいてきた。
「おまえ、雪斗と仲良かったの?」
「まぁ、最近ちょっとな。」
曖昧に答える。
さすがに告白されたなんてことは言えない。
しかも学校のアイドル様からなんて言ったら場合によっては殺されそうだ。
雪斗が男からも持てるという話は噂ではあるが聞いたことがあった。
しかも強面なやつらから好かれているらしくて強ち殺されるという表現は間違っていない。
「言いたくないなら別にいいけど目つけられないように気をつけてな。」
クラスメイトのどこか真剣みを帯びた注意に無言で頷いた。
例え試しでも付き合ってると言うことがバレれば目をつけられるどころではないだろう。
クラスメイトが自分の席に着いたのを見届けると深いため息をついた。
放課後になるのが憂鬱だった。
しかしそういう時は時間が過ぎるのが早く感じられ、教室の外で雪斗が楓の帰る準備が終わるのを持っていた。
「じゃあな。」
クラスメイト達が楓に挨拶をし、教室を出て行く。
それに返事をし、楓も覚悟を決めると教室の外へと向かった。
「ごめん。お待たせ。」
声を掛けると雪斗は嬉しそうな顔をした。
「ううん。待ってる時間も嬉しかったから気にしてないよ。」
なんとも健気な発言に胸が痛む。
彼女だったらどんなに良かっただろうか。
楓はそんなことを考えた。
「今日、吉永君のお家に行っても良い?」
横に並んで歩いて帰っていると、雪斗は楓にそう尋ねた。
「良いけど・・・何もないよ。」
「好きな人の家に行けることが嬉しいの。」
「・・・そうなんだ。」
どう返して良いかわからず、そんな言葉しか出なかった。
仮で付き合っているといってもやはり男同士ということに抵抗を感じる楓は複雑な思いだった。
まさか男からそんな言葉を聞こうとは、思ってもみないことだった。
学校から楓の家まではそう遠くはなく、歩いて10分くらいで着く。
自転車で登校することもできるが歩くことが好きなので楓はあえて徒歩で通っている。
それに自転車通学の生徒は多く、自転車置き場がいっぱいで色々と面倒臭いということも理由であった。
間もなくして楓の家に着いた。
一戸建てのどこにでも見られるような大きさの家だった。
門を潜り玄関先に行くと徐に家の鍵を取り出した。
楓の両親は共に働いていて帰ってくるのが遅かった。
玄関の扉を開けると雪斗に入るようにと促した。
見た目よりは広々とした空間が雪斗の目の前に広がる。
「おじゃまします。」
礼儀正しく靴を揃えて家に上がるとそう言った。
「で、俺の部屋に来る?」
好きな人の家に行きたいと言ったのだから自分の部屋にも来るのだろうと確信を持って言った。
雪斗はそれにコクンと頷くことで返した。
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