強い男 8
「ふ〜ん。大切な人・・・ねぇ。」
鉄馬は京夜にジロジロと顔を見られる。
「なん・・だよ。」
鉄馬が半身後ろに下がると京夜はクスッとカッコよく笑うと飛雄に向かって言った。
「またいつもの強い奴好き病?お前も懲りないな。」
何故か鉄馬はその言葉に胸の辺りがズキッとした。
それが何故なのかは鉄馬にはわからなかった。
「いつもとはちょっと違うかな。」
飛雄はふふっと妖艶に笑ってみせる。
さっきから京夜と飛雄の周りにいる人たちはみな、顔を赤くしてぼーっとこっちを見ている。
「ふーん。どう違うんだよ?」
さっきまでの帝王のような、人を平伏すかのような高圧的な笑顔を顰め、崩した。
「今まではただ強い奴に憧れている意味で好きだったんだけど鉄馬くんの場合は恋愛感情での好き。かな。」
これまたあっさりと述べた。
「おまっ!!よく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな!!」
鉄馬は顔を真っ赤にして飛雄に抗議の言葉を掛けるがどこかホッとした気持ちになった。
「お前が恋愛感情!?人を愛したことがないお前がなぁ。天変地異の前触れか?」
京夜はふざけたようにそう言った。
「俺だって人を好きになることくらいあるぞ。」
失礼なと飛雄は怒った風に京夜に言った。
「悪い悪い。・・・なぁ、お腹空かないか?何か取ってきてくれよ。」
笑いを止めて京夜は飛雄に言った。
「自分で取ってこいよ。ったく。仕方ないなぁ。」
飛雄はしぶしぶといった感じで料理の置いてあるテーブルへと向かった。
京夜の不躾な物言いにもすんなり対応した飛雄にそういうことがいつものことであるのが伺える。
「お前。どうやって飛雄を落としたんだよ?」
飛雄がその場を離れるのを確認すると京夜は鉄馬に鋭い目を向けた。
さっき飛雄がいたときとは態度急変だ。
「知らねぇよ。街で喧嘩してたら誘拐されたんだよ。」
「ふん。嘘言うんじゃねぇよ。どうやって落としたかは保留にしておいてやる。しかしお前、飛雄の前から消えろ。」
依然と冷たい声でそう述べる。
「こっちからお願いしたいね。」
そう言ったとき少し胸がズキッとした。
気のせいだと言い聞かせふんっと鉄馬は強がった。
「ふん。それなら逃がしてやるよ。お前が逃げたと知ったら飛雄も諦めるだろう。」
「本当だろうな?」
京夜は当たり前だというように偉そうにフンと鼻を鳴らした。
「嘘でもそれしか方法がないんだ。その話、乗ってやるよ。」
京夜は無言で歩き出した。
鉄馬も無言でその後を付いていく。
「ここか?」
京夜とともに会場を抜け出して長い廊下をしばらく行くと入ってきたときとは比べ物にならないほど貧相な扉の前に着いた。
まさに裏口といったところだろうか。
「ここから出れば人目に付かない。さっさと行け!」
摘み出されるように追い出された。
言われんでもさっさと出て行くわ!と心の中で思うと鉄馬はその場を去った。
建物に挟まれた細く暗い道をしばらく歩くと大きな道に出た。
車通りも多く鉄馬には見慣れた道だった。
自分が分かる道に出てホッとすると自分の家に帰ろうと歩を進めた。
飛雄に着せられたスーツに違和感を感じ早く脱ぎたいと思った。
そのためか歩くスピードが速くなる。
「くそっ!明日も学校があるって言うのに・・・制服あいつんちだよ。替えが有るからいいけどな。」
ぶつぶつと言いながら早足で歩いていく姿は傍から見れば変に違いなかった。
しかしイライラしている鉄馬はそんなことを気にしている余裕はなかった。
歩いてどのくらい経っただろうか。
鉄馬は見覚えのあるアパートの前に立っていた。
鉄馬が住んでいるアパートだ。
思ったよりかなり近くであったことに驚いた。
自分の荷物は全て飛雄の家に置いてきてしまったが鍵を失くしてしまったときのために合鍵を玄関の前の植木の下に隠していたのだ。
ベタだがベタな方が逆に分かりにくいのではというのと隠す場所を考えるのが面倒臭いという考えだった。
その鍵で玄関の扉を開ける。
誰もいない、暗い家に習慣になっている「ただいま」の声を掛け、靴を脱いだ。
スーツを脱いでハンガーにかける。
高そう、というか高いスーツなのでそこらへんに放っておくということができなかった。
長袖シャツにジャージの下という部屋着に着替えた。
狭い部屋に畳んであった布団を広げて横になる。
一体なんだったんだ?と今日あった出来事を振り返る。
顔だけは良い変な男に攫われ、妙なパーティーに連れて行かれ、そしてさらに変な男に追い出された。
今日は運の悪い日だったに違いない。
もう関わることは無いだろうと考え、忘れることにした。
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NOVEL
'08 3/14→08'8/4