いくつかのこと4
雪斗に犯られた次の日、楓は重い気分と身体を引き摺って学校へと向かった。
朝の空気は清々しいが、楓の気持ちはどんよりとしていた。
どんな顔をして雪斗に会えばいいのかということが気がかりだ。
できれば暫くは顔を合わせたくない。
「はぁ〜・・・」っと深い溜め息をつきながらも学校への歩みを進めた。
暗い顔をして教室の扉を開けた。
一斉に教室にいた人たちから顔を向けられる。
楓はビックリして声も出なかった。
「!?」
そんな楓の側に一人の男が近寄ってきた。
楓の友達の森本だった。
ポンと楓の肩に手を置くと楓が更にビックリするようなことを述べた。
「おまえ、如月雪斗と付き合ってんだって?」
「はぁ!?」
怪訝な顔で森本の顔を見た。
「秘密にしても遅いぞ。学校中の噂の的だからよ。」
学校中って・・・言われてみれば来る途中から変な視線感じたかも。
楓は思った。
唯の自意識過剰かもなどと気にしないようにいたのだがそれが理由かと。
「秘密にするもしないもそんなこと全くのでたらめだ!」
声を張り上げて自分の無実を述べる。
楓にはそんな気がなくても付き合うだけよりももっと凄いことをしてしまったのだが・・・。
「でも、実際に昨日お前のところに来てたし、一緒に帰ったんだろ?全く接点なかったのにさ。」
確かに今まで楓と雪斗の間には全く接点はなかった。
雪斗の存在は知っていたが、喋ったのは昨日が初めてだったのだ。
「いろいろあったんだよ。とにかく如月雪斗と俺の間には全く何の関係もないからな!!」
そうクラス全体に聞こえるように言うと自分の席に荷物を置いた。
「そうなんだ」という雰囲気がクラスに流れそ雪斗の話は終わりになるはずだった。
午前の授業が終わり昼休みになってお昼ごはんをすっかり食べてしまった後だった。
楓も森本と一緒にご飯を食べて、雑談をしていた。
突然教室のドアを開けて入ってきた男子生徒が興奮したように言った。
「如月雪斗と風間英彦が付き合ってんだってさ!」
風間英彦とは如月の次くらいに有名で人気のある男だ。
頭脳明晰、秀目美麗、といった四字熟語の似合う男である。
ちょっとナルシストが入っている変な奴だがそれを許してしまえるほどの美形な男だった。
雪斗と同じクラスで2組では人気者の双璧を担っている。
「ほんとか?何でそんな話になったんだよ?」
森本が興味深そうに突然教室に入ってきたその男に尋ねた。
「裏庭のベンチで見つめ合ってたんだって。」
どこからかヒューといった冷やかしの口笛が聞こえた。
美形のホモカップルを想像してか、女達もざわざわと騒いでいた。
「それってさっきの話か?見たのか?」
なおも森本は聞く。
それを聞き耳を立てて楓も聞いていた。
何故か心がもやもやとする。
そんなことどうだって良いと思うがでも耳が勝手に情報を得ようとしていた。
「さっき、見たって言ってたぜ。」
男はにやりと笑って言った。
「おれ、ちょっとトイレ。」
「おい?楓?」
森本が呼びかけるのも聞かずに教室を出た。
普通に歩いているつもりなのに歩く速度が早くなる。
足はトイレを通り過ぎ裏庭へと向かっていた。
裏庭へと続く細い廊下を通ると話し声が聞こえてきた。
それは男にしては少し高い、雪斗の声だった。
それと、もう一つ声が聞こえてくる。
その二つの声はとても仲睦ましげで、恋人のようだった。
親友のようだとも言えなくもないが、今の楓にはそんな風にしか聞こえないでいる。
「昨日そんなことがあってさ・・・」
風間の声が楽しそうに雪斗に話しかけた。
「あはは、馬鹿だね。」
雪斗もそれに楽しそうに笑い返す。
「やっぱり雪斗は良いなぁ。好きだよ。ずっと一緒にいてね。」
嬉しそうで、愛おしそうな声で風間はそう告げた。
「うん、僕も好きだよ。」
雪斗もそれに愛おしそうな声で返した。
それはまさに恋人同士の会話で居ても立ってもいられず楓はその場を後にした。
「何やってんだろオレ。」
教室に戻る途中誰も居ない廊下で一人ごちた。
でも二人が恋人同士だというのなら昨日のアレは何だったのだろうか?
恋人が居るのに他人にあんなことができるものなのだろうか?
楓は一人混乱していた。
好きと告白したのは嘘だったのだろうか?
謎は深まるばかりで楓に答えを示そうとはしてくれなかった。
すでに午後の授業は始まっており、休み時間は賑わう廊下はシンとしていて先生が説明をする声だけが聞こえてきた。
なんだか心細くなって保健室がある方へと足を向けた。
保健室は学生にとって休む場所であって、逃げる場所でもあった。
「失礼します・・・。」
楓は静かに保健室の扉を開けた。
中では保健室の先生が机に向かって何かを書いていた。
「おや、どうしたの?」
楓に気づいた保健の先生はイスごと楓の方を向いた。
保健の先生は長い髪を一つにまとめて眼鏡をしていた。
見るからに保健の先生といった感じだ。
「あの、体調悪いんで休ませて貰っていいですか?」
楓が心配そうにそう尋ねると女性らしい柔らかな笑みを見せて「どうぞ。」と言った。
おそらく楓が嘘をついていること見抜いていたのだろう。
何も言わずにベッドを提供してくれた。
家のベッドより少し高いベッドに潜り込んで口元まで布団で覆った。
体育の授業があっているのか、遠くで笛の音と歓声が聞こえた。
微かに車が通る音も聞こえる。
楓はゆっくりと目を閉じた。
昨日のことがあってあまり眠れなかったのがあってかすぐに眠りに落ちた。
どのくらい経っただろうか?
カラカラとドアが開く音で眼が覚めた。
「先生?」
聞いたことのある声が楓の耳に届いた。
その声は今聞きたくない声だった。
「なんだ、いないや。」
先生はいつの間にか出て行ってたらしく雪斗のがっかりした声が聞こえる。
「勝手に休ませて貰おうっと。」
雪斗はそう言うと部屋の奥のカーテンが敷かれているベッドの近くまで来た。
そこに寝ている楓は冷や冷やしていた。
雪斗と顔を合わせたくないのに。
そう思うと、ばれないように掛け布団を一気に頭まで引き上げると姿を隠した。
ザーッとカーテンが開けられた音がした。
雪斗は何も言わず隣にあるベッドに横になった。
肩まで布団を掛けて睡魔に身を任せた。
暫く経つと雪斗の規則正しい寝息が聞こえてきた。
今がチャンスだと楓は急いでベッドを降り靴を履いた。
「あら、もう良いの?」
タイミング良く保健の先生が戻ってきた。
「はい、大分良くなりました。」
雪斗を起こさないようにと小さい声で言った。
「そう?また気分が悪くなったらいつでもいらっしゃいね。」
「はい。」
先生に優しく微笑まれ心が和んだ楓は負けじと笑顔で返した。
「先生。ベッド借りてます。」
突然ベッドがあるところのカーテンが開いて雪斗が顔を覗かせた。
雪斗は大して驚いた様子もなく楓を一瞥するとすぐに保健の先生の方に顔を向けた。
「昨日眠れなくて・・・。」
雪斗は眠そうに眼を擦った。
「あら?悩み事?」
「まぁ、ちょっと・・・。」
そう言うと先生に気づかれないように雪斗は楓を見た。
雪斗の視線に居ても立ってもいられず先生に挨拶をすると保健室を出た。
時間は5限目が終わる前の時間だった。
そんなに時間が経っていないことに驚いたが、それよりも雪斗に見つめられたことが気になっていた。
俺のせいで眠れなかったとでも言いたかったのだろうか?
そんなのお前のせいじゃないか!
楓は雪斗の行動に憤る。
こっちこそお前のせいで眠れなかったんだぞ!
少し荒く教室までの廊下を歩いた。
自分の教室につく頃には授業終わりのチャイムが学校中に響いていた。
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06'6/4